佐々木合気道研究所 所長筆記

佐々木合気道研究所は合気道の研究成果の発表と著書の紹介を行っている個人の団体です(https://sasaki-aiki.com)。

加藤弘先輩逝く Tod vom Meister Kato

sasaki-aiki2012-12-16

また、合気道界にとって惜しい方が亡くなった。加藤弘八段である。12月2日に多臓器不全のために亡くなった。葬儀は遺族のご希望で家族葬的なものを予定されていたが、合気道道主をはじめ、加藤師範が指導をされていた杉並合気会、関係道場、海外の道場からの代表者など、葬儀場に入り切れないほど大勢が参列した。師範の人柄が偲ばれる、よい雰囲気の告別式であり、ご家族も満足であったと思う。

私も、加藤師範からは多くのことを教わった。学生時代からお付き合い頂いていたから、かれこれ50年近くにもなる。私にとって、加藤師範は私にとっては師範というより、先輩・後輩の関係であって、二期から三期ほど後輩にあたる。

この先輩からは、いろいろと教えて頂いたが、中でも山歩きである。加藤先輩が土曜日に仕事先から帰宅し、夕食を取った後で、ふたりで最終電車で登山予定の山麓近くの駅に行った。そこから、翌日の正午頃まで、寝ないで山を歩くのである。途中、丑三つ時ごろに、自分で持参した木刀や杖を別なところで振って、小一時間ほど稽古する。「草木も眠る丑三つ時」とはよく言ったもので、丑三つ時(2時―3時)頃になると、それまでざわざわと起きていた草木までが寝て、シーンとなることがよく分かった。魔物が出るというのは、こんな時だろう。一人で来るのは、よほど肝を鍛えておかなければならないだろうと思った。加藤先輩は、これを一人で何回もやったというから、大したものだと感心したものだ。そこから、また翌日の昼頃まで山中を歩いて、電車で帰宅した。

一回山に行くと1週間分の稽古になる、と加藤先輩から言われたが、まさしくその通りで、翌日、道場に行くと、足など筋肉痛にはなっていても、自分の体が鳥にでもなったように軽く感じたものだ。お陰さまで、今でも偶に山歩きをしている。先輩のお蔭である。

道場では、他の仲間と共によく投げてもらった。先輩はとりわけ腰投げが上手だった。また、二教、三教の決めも相当に厳しく、ずいぶん鍛えられた。先輩を中心にして、これらの稽古仲間と「やぎゅうかい」というグループをつくり、一緒に稽古をしたり、飲んだりした。この「やぎゅうかい」の稽古の鉄則は、稽古は思いっきり、力いっぱいやる。もし、それで怪我をしても文句は言わない、であった。しかし、不思議なことに大けがをした者はいなかった。「やぎゅうかい」は、「野牛会」と書き、野牛のように元気よく稽古をするという意味であるが、もうひとつ「野牛」を「のもう」と読んで、「のもうかい」とし、稽古の後は、必ず良く飲んだものだ。この仲間とも、先輩について闇夜の山歩きを何度がした。

加藤先輩の剣と杖の素振りは天下一品だった。あれだけの剣と杖をつかえる人は、大先生以外には知らない。加藤先輩は大先生の杖・剣の遣い方を頭に刻み込み、毎夜、自宅の傍の狭い空き地で稽古をされたのである。ときには近所の人から騒がしいと苦情を言われたりしたが、夜が明けるまで稽古を続けたこともあったと言われていた。

大先生は、稽古人が道場で木剣や杖を振るのを認めておらず、もし道場で振っているのを大先生に見つかると、大目玉を頂いたものだった。しかし、ある時、加藤先輩と田村先生が二人で木刀を打ちあわせているのを、開祖はいつの間にか道場正面の上段(古い道場)でご覧になっていたのである。二人はそれに気付いて、すぐに稽古を止めたが、雷が落ちるぞと覚悟していたところ、大先生はニコニコして「今度、爺が教えてやるからな」と言われたそうである。二人共ほっとしたが、その後「爺」(大先生)に教わることはなかったそうだ。それだけ加藤先輩の剣と杖はすばらしいもので、加藤先輩に直接教われた人は幸せ者である。

まだまだ思い出はあるが、加藤先輩の偉業はこれから後進のものに受け継がれていくはずである。加藤先輩のご冥福を祈るとともに、願わくば天上にて大先生とお会いになり、合気道の現状を報告され、そして、われわれ未熟な後進をお導く下さるよう祈願するものである。合掌

Tod vom Meister Kato
Meister Kato hat Aikido frueher als ich angefangen, und mir viele Techniken und Besteigen der Bergen beigebracht. Im Bergen sind wir ganzen Nacht durch im Berg gelaufen und haben unseren Holzschwert geuebt. Meister Kato hatte oft allein diese Mitternachtuebungen getan. Spaeter hat er eine Gruppen von Aikido geleitet, und haben wir immer hart trainiert und nachher viel getrunken. Vielen Dank, Meister Kato!